2011年 01月 12日 ( 1 )

アメリカ人の合理的思考

に驚かされることがたまにある。

統計の授業一つをとってもそうなのです。
今学期は統計のソフトを使って回帰分析やらなんやらをやっているのですが、
授業を含め、細かな計算の部分にはほとんどと言っていいほど焦点が当たらない。
大まかな概念とソフトの使い方、数値の解釈の仕方に焦点が当たっているのです。

するとどうでしょう、手を動かして計算していた先学期には音を上げていた同級生が、
今学期は全く違和感無く授業に付いていって、普通に発言してるじゃないですか。
逆に僕を含めた日本人の方が違和感をもって授業に臨んでる感じです。

むかーし、どなたかのBlogでアメリカ人の発言として、
『エンジンの仕組みを知らなくても車は運転できる』と書かれてたのを思い出しました。
概念や理由付け等、仕組みの部分の理解に美徳を感じる日本人に対して、
アメリカ人の焦点は概念自体じゃなくそのアプリケーションにあるんだな、と実感。

どちらが良い悪いの話ではなく、複雑な仕組みのヴァリューではなく、
新しいアイディアを世界に広めるアメリカ人の底力は、この徹底した割り切り力と、
そこから来るアイディアの使い方へのフォーカスから来るんじゃないかな、と。
それに対して、日本は世界に冠たる技術力をも持ちつつも、
アイディアの部分でアメリカに先行されているのはなんとなくツジツマが合いますね。

優れた技術を活かすも殺すもアイディア次第。技術での差別化が難しくなってきた現在、
日本も、もう少しこの使い方の部分に軸足を置いても良いかもしれませんね。
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by Jinan-bou | 2011-01-12 10:58 | 雑感